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世界牡蠣研究家
山本紀久雄

タイの牡蠣事情を書くためバンコクを訪問したのは2013年11月。バンコク中心街に宿泊したが、ホテルの近くで政治デモが発生していた。デモはタイ人同士の争いで、外国人には関係ないわけで、それを承知していれば、デモ隊の近くに行かない限り問題は発生しないと考える。だが、毎日マスコミ報道されるタイ政局の動きとデモ状況を読み見ていると、ちょっとタイには行く気がしなくなって、結果としてGDPの1割弱を担う主要産業の観光への影響は大きく、回りまわって牡蠣養殖業に影響するのではないかと思う。

ということで、折角、デモに遭遇したので、今回の政治デモの背景について分析したみたい。何故なら、今回のデモはタイの国内事情を鮮明に表しているからで、タイという国を理解するためには、このデモ対立について一応の理解をしたおいた方がよいと思うからである。

タイの政治対立

タイの政治が混迷のきっかけは、2013年10月31日にインラック首相(タクシン元首相の妹)率いる与党のタイ貢献党が、恩赦法の対象に急遽政治指導者を追加し、翌日11月1日に下院で強行採決したことからであった。

この法律の対象に国外追放されたタクシン元首相が含まれていたことから、反タクシン派はデモや大規模集会を開催した。結局、法案は上院で否決されて廃案となったがデモは収まらなかった。反政府のデモ隊はタクシン体制を打倒するまでデモを継続する姿勢を示し、財務省や外務省などの政府機関や国営タイ放送などの放送局を占拠した。

そして反タクシン派のリーダーであるステープ前副首相が最終決戦とした12月9日、インラック首相は下院を解散することを表明し、総選挙は2014年2月2日に実施されたが、反政府派の妨害で投票が中止になる選挙区が相次ぎ、結果が確定できなかった。

民主主義は選挙で決まるのではないのか?

多数派であるタクシン派は選挙を通じた民主主義を重要視している。タクシン派の主な支持層は長年政治からほとんど無視されてきた農民である。タクシン元首相は2001年の選挙の時に農村支援を掲げて勝利し、首相に就任した後は農民債務モラトリアム、30バーツ健康保険制度などの積極的な農村振興策を次々に実施した。これらの政策の結果、農民の生活環境は劇的に改善した。こうして、農民は自らが政治に大きな影響を与え、それが自らの生活水準の向上に繋がることを自覚するようになった。

一方、都市部の中間層が多くを占め、少数派である反タクシン派は選挙をあまり重視していない。彼らに言わせれば、選挙をいくら行ってもタクシン派が貧しい農村部の住民を買収することで勝利するため、汚職と腐敗にまみれた政治家が誕生するだけであるという。そのため彼らは議席の多くを医者、教員、弁護士、労働者等の協会の代表者から選出すべきであると主張している。

総選挙ではタクシン派が勝利するだろう

予定通り総選挙が実施されたならば、人口の半数以上を占める農村を支持基盤としているタクシン派が勝利する公算が大きく、タイ貢献党は総選挙の比例代表名簿第一位をインラック首相としていることから、インラック体制は継続する可能性が高い。

一方、反タクシン派は選挙ではタクシン派に勝てないと認識しており、選挙自体をボイコットした。また、ステープ前副首相は軍主催のフォーラムに出席するなど、選挙以外の手段で政権に揺さぶりをかけようとしている。このように、両派の民主主義に対する考え方の溝は極めて深い。これまでも片方が政権を奪取すればもう片方がデモを行い、時には軍が出動して流血沙汰となることもあった。

今後も民主主義のあり方に対して両派が同じ認識を共有できなければ、タイの政治的混乱は終わらないのでないか、という指摘が多くタイの未来を悲観視する見方も多い。だが、タイ人を分析していくと、今回の政治対立も何らかの解決策を、タイ人は自ら見出すと推察する。その推察根拠も含め、タイ人をいろいろな角度から検討してみたい。

タイの概要

最初は全般的なタイ概要である。①国土面積 51.4万平方㎞、日本の1.4倍、フランスとほぼ同じ。②人口6600万人(2009年)。③タイ王国、現国王ラーマ9世(プミポン国王)王は圧倒的信頼あり。④民族はタイ族が最大多数、中国系等で民族間の争いはない。⑤9割が仏教徒・上部座仏教・・・輪廻の思想で前世からの業カルマによって今ここに生きていて、今の境遇を受け入れ、善く生きることで来世にはよく生まれ変わりたい。⑥タイ人が日本と聞いて浮かべるもの・・・ 富士山がトップ

タイのしたたかな外交力

日本とタイは長い外交関係があり、アジア諸国が欧米国の植民地化した地域の中で、お互い独立国としての地位を築いている。日本は第二次世界大戦で無条件降伏、連合国の占領体制下に一時陥ったが、タイは日本の同盟国として、日本と同様に英米に宣戦布告したのに、敗戦国とはならなかった。日本が開戦した1941年12月8日、日本軍はマレーへの侵攻を目指して、タイ・ビブン首相から駐留の承認を得てタイに上陸、この結果タイも、日タイ同盟から米英に宣戦布告した。

ところが、日本軍の旗色が悪くなったころには、対米公使を通じ米英とひそかに通じ合う関係を築きはじめ、終戦になるとタイは、米英に宣戦布告したのは、国民の意志に反して行われたもので、手続き的にも瑕疵があり、あの宣戦布告は無効だと主張し、これを連合国側が受け入れ、日本と道ずれの敗戦国にならずに済んだという経緯がある。また、現在も親米であるのに、北朝鮮とも外交関係を保持している、というしたたかな外交力を持っている。

頑張るという言葉はないが頑張れる

タイ人は日本人よりも明確な意志を持たないし、明確な意志を持って仕事や勉学に励まない。例えば、日本の来ているタイ人に来た目的を聞くと、留学生なら「たまたま奨学金がもらえたから」「日本語ができると仕事が探しやすいから」、働きに来ている人なら「お金が稼げるならどこの国でもよかった」「バンコクは暑いから日本の方がよい」「親戚がいたから」つまり、具体的な目標や明確に意志をもって、日本に来ている人はめったにいない。

したがって、インタビューしても相手が具体的でないので、引き出しができないから内容がそろわないということになる。例えば、ムエタイ選手にどうして選手になったのかと聞くと「楽しいから」「友達がたくさんいるから」「バンコクに住めるから」「親から離れて暮らせるから」というもの。目標とはという問いには「お金を稼ぎたい」「有名になりたい」がほとんどで「チャンピオンになりたい」という選手は一人もいない。

しかし、明確な意志や目標がないのに、頑張るのがタイ人。ムエタイの選手は毎日厳しいトレーニングを自ら進んで積むし、試合では信じがたいほどの闘志で相手に立ち向かう。パンチやキックを受けても苦しそうな表情を見せないでファイトする。タイ人は意志なぞわざわざ立てなくても、成りゆきまかせで、やるときはやるのである。これがタイ人の真骨頂で、タイ語に「頑張る」に相当する言葉はないが「頑張れる」のである。(参照「極楽タイ暮らし」高野秀行著)


微笑みが武器

タイは「微笑みの国」といわれる。顔の造作からいえば、さして美人でない女性でも、笑顔は素晴らしく、日本ではお目にかかれない笑顔がタイ女性の魅力であるが、その笑顔にもいくつかのパターンが隠されている。
つまり、ニュートラルな微笑みなのだが、そこに「タイの微笑み」の真実があって、微笑みはタイ人の表情の基本となっている。どういう反応をしたらいいのかわからない時、日本人はとりあえずシリアスな顔をするが、タイ人はその場合、とりあえず「にっこり」とする。
別におかしなことがなくても、笑みを浮かべるのが、タイ人の常態であり、処世術でもある。これが外国人への武器となる。


バンコクはクルンテープと称する

ところで、タイ人は首都をバンコクとは言わず「クルンテープ」と呼ぶ。
正式な首都名は以下の通り超長く、タイ人でも全部言える人は少ないから、日本人がスラスラいうと尊敬されること間違いないので挑戦してみる価値はある。
「クルンテープマハナコーン・アモーンラッタナコーシン・マヒンタラアユッタヤー・マハーディロッカポップ・ノッパラッタナラーチャニーブリーロム・ウドンラーチャニウエットマハーサターン・アモーンラピーンサティット・サッカタットタィヤウィサヌカムプラシット」


JJマーケットはデモと関係ない

11月にバンコクで訪問したのは市内中心地区から、BTSまたは地下鉄で30分弱、北へ行ったところに位置しているJJマーケット。ここは地元タイ人のみならず世界中から観光客やバイヤーたちが押し寄せるウィークエンドマーケットで、タイ語で「チャトゥチャックJatujak」というが、これを省略して「J.J Market」とも呼ばれているところ。


ところで、タイの政治デモ報道は、バンコク中心街で行われているので、中心街に位置する大型商業施設の客が減ったことを伝えるが、一方、今回訪れた「J.J Market」にはデモが関係なく、1万以上もの店が軒を連ねるバンコク最大級ゾーンとして賑わっている。また、政治混乱の影響を受けにくいリゾート地では、バンコクに代わって観光客が殺到し、ホテルの稼働率が大幅に上昇しているのが実態である。

さて、「J.J Market」での買い物の魅力は、ほかでは売られていないオリジナルアイテムが多いので、そのセンスがバイヤーたちの目に留まり、お店が繁盛してくるとバンコクの中心部に品物へ卸をしたり、支店を構えるようになるという。もちろんオリジナル以外にも、定番のお土産(象の置物やエスニック小物やバッグなど)を扱うお店もたくさんあり、バンコク市内のお土産屋やデパートよりも2~3割は安く買うことができる。つまり、タイ最大級マーケットであり、一大アミューズメントパーク並みに楽しい地区で、ここの銀行は土日営業です。

しかし、このマーケットは陽射しが熱い。日本の寒さが懐かしいが、そんな事を言っていられないなぁと思っていると、一人の若い男性が迎えに来てくれた。迎えがないと込み入ったJ.J Market内は歩けないのです。彼は少し日本語ができる。彼の案内で屋台が密集している細道の奥に入っていくと、突然、可愛い犬の売り場があるではないか。

犬からわかる階級社会

その犬売場に行くと、昨年春に死んだ我が家の愛犬ビーグルが可愛い女性に抱かれているので、思わず写真に撮ってしまいましたが、実は、この犬売場がタイの階級社会を示唆している。

タイの犬は三種類に分類される。①家の犬、②お寺の犬、③道ばたの犬。いずれも放し飼いである。ということは勝手に交尾しどんどん子供を産むことになって、飼い主は面倒が見きれなくなると、日本のように市役所には連絡しない。どこへ持ち込むのか。それはお寺であって、お寺に犬を置いてくる。その寺の犬は、お坊さんが托鉢で貰ってきたおこぼれを頂戴することになる以外は、暑いので一日中ごろごろ寝転んでいる。

ところが、お寺でも犬が増えすぎると厄介なので、時々、どこに捨てることもあるらしい。それらの相互作用で、③の道ばたの犬が多くなるが、大の愛犬家としても知られるプミポン国王の指示により、道ばたの犬も手厚く保護され、ワクチン接種や避妊手術などが行われているので、タイの犬は他国に比べると幸せ度が高いといえる。ところで、J.J Marketの犬売場はこの三種類とは別世界に所属する。写真で分かるように日本のペットショップと同じく、世界の名犬純血種が並んでいる。本物かどうかは不明だが・・・。これらの犬を買うのは大金持ちや特権階級の人たちであって、外へ散歩に行く場合はちゃんとリードで繋がれていくが、それは飼い主ではなくお手伝いさんの仕事になるという生活だ。

これがタイの社会を示している。タイは典型的な階級社会であって、頂点に大金持ちや特権階級がいて、次に経済発展に伴う中産階級がいて、それと長年政治から無視されてきた農民たちがいるわけで、犬もその階級社会通りの種類分けとなっているのだ。
東南アジアでビジネスを成功させるために必要なこと

この階級社会を認識していないとマーケット参入しようとしても失敗する。日本企業で成功しているのは味の素である。日経新聞記事(2013/12/3)を紹介したい。タイトルは「東南アジア、足で売る 味の素、自社社員5000人」で、この記事で分かるのは東南アジア地区における小売市場の全体網であって、この実態を日本人はあまり理解していないように思う。

近代的な大型店が急増する東南アジアだが、食品などでは零細店の比重は依然高く“足で売る”よう味の素の販売戦略は徹底しているが、これが実に参考になる。味の素は、東南アジアに約5000人の自社営業マンを抱え、庶民的な市場や零細店で1個十数円の調味料をコツコツと販売し、売り上げは年1500億円に伸びたという。

●野菜や肉がずらりと並ぶ熱気あふれる売り場の一角、木材で手作りした店で味の素の現地法人社員、ナノ・スハルノさん(37)の営業が始まった。

●マサコの方がおいしいし、きれいだろ。ほら売ってみせるから。英蘭ユニリーバなどの競合商品をひょいとつまんで、目立たぬ場所に押しやった。

●店先に並べ始めたのはスハルノさんの営業の三種の神器。「マサコ(粉末)」「サオリ(液体)」「マユミ(マヨネーズ風)の調味料3姉妹だ。マサコは現地語で「料理する」の語感に、好感度の高い日本人女性のイメージを重ねたヒット商品。

●「さっさと売るのがコツだよ」と言う通り、スハルノさんは10分ほどの間に4人のお客をさばく。商店主も満足げで、次の発注を決めた。1日の注文件数で評価が上下するが、スハルノさんの給与は同年代の一般的な大卒ホワイトカラーを上回る。

インドネシアだけで、スハルノさんのような味の素社員の営業マンは1800人もいて、人が集まる市場で8万店を取り込み、郊外に散らばる零細店もローラー方式で取り込む。「ちりも積もれば」の作戦といえる。食品などの業界では、こうしたルートセールスは卸業者や販売代理店に任せるのが一般的だが、味の素は違う。フィリピンで800人、タイで1200人といった規模の営業員が動く。同社は東南アジア地域で「新興国に最適の営業スタイルを武器に」2020年に4500億円の達成を狙うという。こういう売り方をしないと東南アジアでは成功しないと思う。味の素の事例は参考になる。